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水戸地方裁判所下妻支部 平成8年(わ)457号 判決

主文

被告人は無罪。

理由

一  本件公訴事実は、「被告人は、法定の除外事由がないのに、平成八年一二月一〇日ころ、千葉県野田市所在の甲野商店のコンテナ内において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン若干量を自己の身体に注射し、もって、覚せい剤を使用した。」というものである。

二  検察官は、本件公訴事実の立証のため、被告人の尿の鑑定結果である鑑定書(甲3-証拠等関係カードにおける検察官請求証拠の番号である。以下同じ。)を取調請求したが、当裁判所は、平成九年一〇月二八日付決定書記載のとおり、右鑑定書は違法収集証拠排除の法理により証拠能力を欠くとして、その取調請求を却下した。

三  さらに、検察官は、本件公訴事実の立証のため、A子の尿の鑑定結果である鑑定書謄本(甲17。以下「本件鑑定書」という。)を取調請求し、本件鑑定書は、本件公訴事実にかかる被告人の覚せい剤使用事実との間に十分な関連性を有していると主張する。

四  そこで、以下、検察官の右主張について検討する。

1  第九回公判調書中の証人A子の供述部分、A子に対する覚せい剤取締法違反被告事件の第一回公判調書中の被告人の供述部分(乙16)及び被告人の当公判廷における供述によれば、被告人とA子は、平成八年一二月一〇日ころ、千葉県野田市所在の甲野商店のコンテナ内において、まず、A子が被告人から覚せい剤を含有する水溶液を注射してもらって、覚せい剤を使用した後、被告人が自ら注射行為に及んでいることが認められる。

そして、A子は前記第九回公判において、同人が被告人から注射してもらった際、注射器に入っていた水溶液を全部注射してもらっており、その後被告人が水溶液を作っているのを見ていない旨述べている。

また、前記乙16によれば、被告人は、A子に注射する前に、覚せい剤の結晶を水に溶かして水溶液を作ったが、その際、一回で二人分を作った旨述べているのに対し、当公判廷においては、被告人は、覚せい剤の密売人から買ったストローに入った覚せい剤水溶液二本のうち、一本をA子に注射し、もう一本を自ら注射した旨を述べている。

2  ところで、A子の尿の鑑定結果である本件鑑定書が、被告人の使用した物質が覚せい剤であるという事実に対して関連性を有するものであるといいうるためには、A子の尿から検出された覚せい剤と源を同じくする覚せい剤を、被告人が使用したということが認められることが必要である。

しかしながら、A子の前記供述によっては、これを認めることはできない。次に、被告人の前記各供述のうち、乙16によれば、一回で二人分の水溶液を作り、その一部分をA子に注射し、その残りを被告人が注射したというのであるから、A子の尿から検出された覚せい剤と源を同じくする覚せい剤を、被告人が使用したということがいえるとも考えられる。しかし、被告人は、前記のとおり、当公判廷では異なった供述をしており、当公判廷と異なった供述をした理由として、被告人は、A子に対する覚せい剤取締法違反被告事件に証人として証言した際には、自分がA子に注射してやったということを証言しなくてはならないということばかりに注意がいってしまい、その他のことは、尋問の流れに沿って答えてしまった旨述べているところ、被告人がその理由として述べるところを不合理とまでいうことはできない。したがって、被告人が一回で二人分の水溶液を作り、その一部分をA子に注射し、その残りを被告人が注射した旨の被告人の供述の信用性は疑わしいといわざるを得ない。また、被告人の当公判廷での供述によっては、被告人が、A子の尿から検出された覚せい剤と源を同じくする覚せい剤を使用したということを認めることは困難である。

したがって、以上の証拠からは、本件鑑定書は、被告人の使用した物質が覚せい剤であるという事実に対して関連性を有するということはできず、他に右関連性を認めるに足りる証拠はない。

3  以上により、当裁判所は、本件鑑定書は要証事実に対して関連性を有するものとは認められず、証拠として用いることはできないと考え、その取調請求を却下した。

五  そうすると、被告人は、当公判廷において、本件公訴事実について自白しているが、本件公訴事実において被告人が使用したとされる覚せい剤が、覚せい剤取締法二条にいう覚せい剤であることについて、補強証拠がないことになる。 六 以上のとおりであり、結局、本件公訴事実については、犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法三三六条により、被告人に対し無罪の言渡をすることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 浦野真美子)

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